2027年からのミニマムタックスとオーナーの株式売却:譲渡益3.37億円超で「20.315%」は崩れる
Japan's Revised Minimum Tax and the Owner's Share Sale: Why the 20.315% Rule of Thumb Breaks Above JPY 337 Million from 2027
令和8年度税制改正で、極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置(いわゆるミニマムタックス)の特別控除額が3.3億円から1.65億円へ、税率が22.5%から30%へ改められ、令和9年分(2027年)の所得から適用される。株式譲渡益だけの年なら追加負担は約3.37億円から生じ、それを超える部分の限界負担は約35%になる。仕組み、分岐点の算式、譲渡益5億・10億・30億円の設例、売却年や対価の形式をめぐる実務上の論点を一次資料に沿って示す。
目次(5項目)
オーナー経営者が自社株を売るとき、手取りの試算は長いあいだ「譲渡益×20.315%」で足りた。株式等の譲渡所得は他の所得と分けて課税され、税率は所得税15%と住民税5%、これに所得税額の2.1%の復興特別所得税が乗る(国税庁 タックスアンサー No.1463)。この目安が、2027年の売却から大きく外れる。
令和8年度税制改正で、極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置、いわゆるミニマムタックスが強化された。追加負担の計算で基準所得金額から差し引く特別控除額は3.3億円から1.65億円に、税率は22.5%から30%に改められ、令和9年分の所得税から適用される(令和8年度税制改正の大綱 p.25)。改正法は令和8年3月31日に成立している(財務省「ファイナンス」2026年4月号 p.1)。
結論を先に書くと、その年の所得が株式譲渡益だけなら、追加負担は譲渡益が約3.37億円を超えたところから生じ、超えた部分には所得税等と住民税を合わせて約35.31%の負担がかかる。改正前の分岐点は約10.33億円だったから、中堅企業のオーナーが会社を売る規模の取引が、そのまま対象に入ってくる。
措置の仕組み
条文は租税特別措置法41条の19である。令和9年1月1日施行後の規定は「個人でその者のその年分の基準所得金額が一億六千五百万円を超えるもの」について、超える部分の30%から基準所得税額を差し引いた額の所得税を課す、と定める(e-Gov 租税特別措置法41条の19(令和9年1月1日施行版))。現行(令和8年分まで)の規定は同じ構造で、数字が「三億三千万円」「百分の二十二・五」になっている(e-Gov 租税特別措置法41条の19(現行))。改正後の規定は「令和九年分以後の所得税について適用し、令和八年分以前の所得税については、なお従前の例による」とされている(同 改正法附則47条)。
計算は三つの部品でできている。
- 基準所得金額:総所得金額・退職所得金額・山林所得金額のほか、一般株式等(非上場株式など)と上場株式等の譲渡所得等、上場株式等の配当所得等、土地建物の譲渡所得などを合算した金額(同 41条の19第2項)。確定申告不要制度は使えず、源泉徴収で完結する特定口座の譲渡益も含めて計算する(国税庁 タックスアンサー No.2270)。
- 基準所得税額:本措置がないものとして計算した通常の所得税額。国税庁は、この額に「復興特別所得税を含みます」と説明している(No.2270)。
- 加算額:(基準所得金額 − 特別控除額)× 税率 − 基準所得税額。プラスのときだけ、その差額を所得税に上乗せして納める。
国税庁の計算書の書き方でも、比較の相手は申告書の「所得税及び復興特別所得税の額」に相当する金額とされ(記載要領)、令和7年分の記載例では、上乗せ後の所得税額にさらに復興特別所得税がかかる手順になっている(国税庁 記載例 p.1)。設例の計算(calc)はこの記載例の数値を1円単位で再現したうえで組んでいる。
2027年には付加税の側も組み替わる。復興特別所得税の税率は令和9年以後1.1%に下がり(e-Gov 復興財源確保法13条(令和9年1月1日施行版))、代わりに防衛特別所得税が基準所得税額の1%で課される(e-Gov 防衛財源確保法5条の9(令和9年1月1日施行版))。合計は従来と同じ2.1%なので、株式譲渡益の通常の負担率20.315%は変わらない。ミニマムタックスとの関係でも、令和9年以後は基準所得税額が「所得税並びに当該所得税に係る防衛特別所得税及び復興特別所得税の額」と読み替えられ、計算の形は維持される(防衛財源確保法(同版))。
分岐点は3.37億円、超過部分の負担は約35%
所得が株式譲渡益だけの個人を考える。譲渡益をGとすると、通常の所得税は15%×G、基準所得税額はその1.021倍である。加算額が生じるのは、30%×(G − 1.65億円)が15%×1.021×Gを上回るときで、これを解くとG ≒ 3.37億円になる。改正前の数字(3.3億円・22.5%)で同じ計算をすると約10.33億円だった。
財務省の解説も「所得全てが分離課税(15%)の場合の追加負担(年間所得約3.4億円〜)」と同じ水準を示している(財務省「ファイナンス」2026年4月号 p.8)。同じ資料は、実際の申告データに当てはめると追加負担が生じるのは年間所得約6億円からと付記している。累進税率で課税される給与所得などが混ざると基準所得税額も変わるため、実際に追加負担が始まる水準は人によって異なる。
分岐点を超えた部分の負担は、所得税等が約30.31%、住民税5%を加えて約35.31%になる(改正前は約27.65%)。分岐点を超えると、譲渡益が1億円増えるごとに税額は約35.3百万円増える計算である。
設例:譲渡益5億・10億・30億円
設例(仮定値)。非上場会社のオーナーが保有株式を譲渡し、その年の所得は譲渡益のみ、取得費と所得控除は考えない。所得税等と住民税の合計(百万円、カッコ内は譲渡益に対する負担率)。
| 譲渡益 | 措置が | 令和8年分 | 令和9年分 | うち加算額 |
|---|---|---|---|---|
| 3億円 | 60.9(20.32%) | 60.9(20.32%) | 60.9(20.32%) | 0.0 |
| 5億円 | 101.6(20.32%) | 101.6(20.32%) | 126.0(25.20%) | 23.9 |
| 10億円 | 203.2(20.32%) | 203.2(20.32%) | 302.5(30.25%) | 97.3 |
| 30億円 | 609.5(20.32%) | 753.7(25.12%) | 1,008.7(33.62%) | 391.1 |
譲渡益10億円は、2026年中に収入計上すれば追加負担はゼロだが、2027年に入ると加算額とそれにかかる付加税で99.4百万円増える。30億円では2027年以後の負担率が33.62%に達し、措置がない場合との差は399.3百万円になる。表の金額は概算で、実際の税額は他の所得、所得控除、取得費、繰越損失によって変わる。
売却を設計する側が押さえておく論点
収入計上の年
措置は「その年分」の基準所得金額で判定するので、どの年の所得になるかが負担を左右する。株式等の譲渡所得の収入すべき時期は、原則として株式等の引渡しがあった日で、納税者の選択により譲渡契約の効力発生の日で申告することも認められている(国税庁 措置法通達37の10・37の11共-1)。2026年末に向けてクロージングを組む案件では、契約日と引渡日が年をまたぐかどうかを、税額の試算と一緒に確認しておく必要がある。
ただし、売却時期は買い手の資金調達、許認可、デューデリジェンス、公開買付けの日程で決まることが多い。税額だけで日程を動かそうとすると、価格や条件で失うものが大きくなりうる。
年をまたぐ分割売却
特別控除は各年に1回ずつ効く。設例で10億円を2027年に一度に譲渡すると総額は302.5百万円、5億円ずつ2年に分けると2年合計で252.0百万円となり、差は50.5百万円である。もっとも、分割売却では2回目の価格が保証されず、支配権の移転時期、表明保証、買い手の資金計画も変わる。条件が同じまま分割できる取引は少なく、この差額は取引条件を比べる際の材料の一つにとどまる。
対価の形式
対価を株式で受け取り、税法上「譲渡がなかったもの」とされる場合は、その年の譲渡所得が生じないので基準所得金額にも入らない。株式交換では、株式交換完全親法人などの株式以外の資産が交付されなかった場合に限ってこの扱いになる(e-Gov 所得税法57条の4)。株式交付では、繰延べの対象は株式交付親会社株式に対応する部分に限られ、交付を受けた親会社株式の価額が対価全体の80%に満たない場合や、株式交付直後の親会社が同族会社に該当する場合は特例の対象外となる(e-Gov 租税特別措置法37条の13の4)。
現金対価の非公開化やPEへの売却では、これらの要件を満たす設計が難しいことが多い。持分を一部残すロールオーバーの税務は、別稿(創業者ピッチとロールオーバー課税の罠)で扱った。
役員退職金との組み合わせ
退職所得金額も基準所得金額に含まれる(租税特別措置法41条の19第2項1号)。退職所得の金額は原則として(収入金額 − 退職所得控除額)×1/2で計算するが、役員等勤続年数が5年以下の「特定役員退職手当等」には1/2計算がない(国税庁 タックスアンサー No.1420)。退職所得は累進税率(最高45%)で課税され(No.2260)、その税額は基準所得税額にも算入される。株式譲渡益とは追加負担への効き方が異なるため、退職金の支給額やタイミングを変えた場合の影響は、法人側の損金算入の可否も含めて個別に計算しなければわからない。
申告実務
本措置の適用がある年は確定申告不要制度が使えず、すべての所得を記載した申告書を作る必要がある。合計所得金額に要件がある基礎控除や配偶者控除なども、適用の有無が変わることがある(No.2270)。上場会社のオーナーが公開買付けに応募して得た譲渡益も、上場株式等に係る譲渡所得等として基準所得金額に入る。
3.37億円を新しい目安に置く
財務省の試算では、今回の見直しによる増収見込額は平年度2,870億円とされている(令和8年度税制改正の大綱 p.120)。
売り手の実務で確認しておきたい点を挙げる。
- 2027年以後の売却は、手取り試算を「譲渡益×20.315%」で済ませない。譲渡益がおおむね3.37億円を超える年は、本措置の加算額を入れて計算する。
- 同じ年に役員報酬、配当、不動産の譲渡益などが重なると基準所得金額も基準所得税額も変わる。売却年の所得全体で試算する。
- 収入計上の年、分割売却、対価の形式、退職金の扱いは、いずれも価格・条件・法人税と連動する。企業価値評価や買い手との条件交渉と並行して、早い段階で税理士と試算をすり合わせる。
税額を下げること自体を目的に取引の形を歪めると、価格や確実性で失うほうが大きくなりやすい。必要なのは、税引後の手取りを正しく見積もったうえで、売るか、いつ売るか、どう売るかを判断することである。記事中の数値は仮定に基づく概算であり、個別の判断は税理士に確認されたい。