ストックオプション実務の各論:税制適格・有償・信託型をどう使い分けるか
Stock Option Design in Practice: Tax-Qualified, Paid, and Trust-Type Plans
税制適格SO・有償SO・信託型SOは、税務・会計・設計自由度が異なる別の道具である。令和6年度改正で税制適格の使い勝手が大きく改善する一方、信託型は2023年の国税庁見解と令和7年度改正で新規導入の合理性がほぼ消えた。会社の段階と付与目的から類型を逆算するための意思決定表と、設計前にCFOが確認すべき項目を示す。
令和 6 年度税制改正で税制適格ストックオプション(Stock Option、以下 SO)の使い勝手が大きく改善したことは、前回の解説で扱った。権利行使価額の年間限度が設立 5 年未満の会社で実質 2,400 万円、設立 5 年以上 20 年未満の一定の非上場会社等で実質 3,600 万円まで拡大し、発行会社自身による株式管理も認められた。
制度の自由度が増した結果、かえって難しくなったのが類型の選択である。税制適格 SO・有償 SO・信託型 SO は並列に並んだ 3 つの選択肢ではなく、税務・会計・設計自由度がそれぞれ異なる別の道具であり、どれを選ぶかは会社の段階と付与目的から逆算するしかない。経済産業省が令和 7 年 2 月に公表した「スタートアップの成長に向けたインセンティブ報酬ガイダンス」も、制度の逐条解説ではなく人材獲得のための設計論として SO を扱っている。以下、3 類型の現在地を順に確認した上で、段階と目的で選ぶ意思決定表に落とす。
税制適格SO:第一選択に戻った標準形
税制適格 SO の要件は租税特別措置法 29 条の 2 に規定されている。国税庁の「ストックオプションに対する課税(Q&A)」(令和 6 年 11 月最終改訂)に沿って骨子を挙げると、次のとおりである。
- 発行会社の取締役等に無償で付与されたものであること
- 権利行使は付与決議の日後 2 年を経過した日から 10 年(設立 5 年未満の非上場会社等は 15 年)を経過する日までに行うこと
- 権利行使価額の年間合計額が限度内であること
- 1 株当たりの権利行使価額が、契約締結時の 1 株当たりの価額相当額以上であること
- SO の譲渡が禁止されていること
- 行使で取得した株式につき、証券会社等への保管委託、または発行会社自身による管理(譲渡制限株式に限る)がされること
年間限度額は、法文上は 1,200 万円のまま据え置かれている点に注意したい。令和 6 年度改正の実装は「限度額の引き上げ」ではなく判定方法の変更で、付与決議日時点で設立 5 年未満の会社は権利行使価額を 2 で除して判定(したがって実質 2,400 万円)、設立 5 年以上 20 年未満の非上場会社等は 3 で除して判定(実質 3,600 万円)という仕組みになっている。この構造を知らずに「限度額は 2,400 万円」とだけ覚えていると、上場後や設立 20 年超の局面で判定を誤る。上場して設立 5 年以上が経過すれば、新規付与の実質枠は 1,200 万円に戻る。
税制適格の効果は、権利行使時の経済的利益への課税が繰り延べられ、株式売却時の譲渡所得課税に一本化されることにある。給与所得としての累進課税と源泉徴収を避けられるため、役職員側の手取りとキャッシュフローの両面で優位に立つ。改正前は限度額の不足を理由に有償 SO や信託型 SO を併用する必然性があったが、改正後の実務では、非上場スタートアップの役職員向け付与はまず税制適格で設計し切れるかを検討するのが順序になる。
実務上のボトルネックは行使価額の要件である。契約時の時価以上という要件を非上場段階で満たすには、株価算定(Business Valuation)の根拠を整えておく必要があり、資金調達ラウンドの優先株価格と普通株の評価をどう接続するかが設計の実質的な論点になる。
有償SO:税制の枠外で設計する道具
有償 SO は、役職員が新株予約権の公正な評価額に相当する金銭を払い込んで取得する類型である。無償の報酬としてではなく、金銭を投じた投資として新株予約権を取得する構造を取ることで、税制適格の要件体系の外側で設計する。対象者・限度額・行使期間といった税制適格の制約に縛られないため、業績条件を厚く付けた大型付与や、税制適格の対象にならない付与先への設計に使われてきた。
会計処理は 2018 年に決着が付いている。企業会計基準委員会の実務対応報告第 36 号は、勤務条件や業績条件が付された有償新株予約権をストック・オプション会計基準上のストック・オプションに該当するものとし、公正な評価額から払込金額を差し引いた額を、対象勤務期間にわたり株式報酬費用として計上することを求めた。「有償だから費用計上は不要」というかつての整理は既に通用せず、上場審査や監査対応の局面で費用インパクトが表面化する。損益計画に織り込まないまま大型の有償 SO を発行すると、上場直前期の利益計画を自ら毀損することになる。
使いどころは 3 つに集約される。第一に、税制適格の実質限度額を超える規模の付与が必要な場面。レイターステージで CxO 級を迎える際の大型オファーが典型である。第二に、上場後の役員インセンティブ。実質枠が 1,200 万円に戻った後も、有償 SO は規模の制約なく設計できる。第三に、業績条件を通じた exit alignment の構築。行使条件に業績マイルストーンを組み込むことで、経営陣のインセンティブを株主価値と揃える設計が可能になる。留意点は、払込金額の役職員側負担と、公正な評価額の算定(オプション評価モデル)に要する実務コストである。
信託型SO:2023年見解と令和7年度改正が残したもの
信託型 SO は、発行会社がオーナー等の委託者を通じて信託に SO を保有させ、後から貢献度に応じて役職員に割り当てる設計として 2010 年代後半に普及した。付与時点で受益者を確定しない柔軟性と、行使益への課税を譲渡所得に寄せられるという期待が普及の理由だったが、後者は 2023 年に否定された。
国税庁は令和 5 年 5 月公表の Q&A で、信託型 SO について「実質的には、発行会社が役職員にストックオプションを付与していること、役職員に金銭等の負担がないことなどの理由から、上記の経済的利益は労務の対価に当たり、『給与として課税される』こととなります」と明示した。行使時には給与所得として課税され、発行会社には源泉徴収義務が生じる。
その後、受益者を指定する前に信託が権利行使して株式化しておく「株式交付スキーム」が回避策として現れたが、令和 7 年度税制改正(令和 7 年 4 月 1 日施行)で所得税法 67 条の 3 が改正され、受益者指定の時点で株式を時価取得したものとして給与所得課税と源泉徴収の対象になることが手当てされた。課税繰延の余地は制度的に塞がれたと見るべきである。
新規導入の判断は単純になった。税務メリットを期待して信託型を選ぶ合理性はほぼ消えており、受益者を後決めできるという設計上の柔軟性だけで信託組成・維持のコストを正当化できる場面は限られる。既に導入済みの企業にとっての論点は、行使時の源泉徴収オペレーションの整備と、未割当分について税制適格 SO への置き換えを検討するかの 2 点である。拡大された税制適格の実質枠は、この置き換えの受け皿としても機能する。
意思決定表:段階と目的で選ぶ
3 類型の現在地を踏まえ、会社の段階(縦軸)と付与目的(横軸)で第一候補を示すと次のようになる。
| 段階 | 幹部・CxO採用 | 全社リテンション | Exit alignment(役員) |
|---|---|---|---|
| シード〜シリーズA(設立5年未満) | 税制適格(実質 2,400 万円/年で多くは足りる) | 税制適格。発行会社管理スキームで運用負荷を抑える | 税制適格+創業者持分の設計で対応 |
| ミドル〜レイター(設立5年以上・非上場) | 税制適格(要件充足で実質 3,600 万円/年)。不足分のみ有償SOを併用 | 税制適格中心。付与残枠と希薄化率の管理が主論点 | 有償SO(業績条件付き)の併用を検討 |
| 上場前後 | 税制適格の実質枠縮小(1,200 万円/年)に注意。大型は有償SO | 株式報酬の他類型(譲渡制限付株式等)との比較段階 | 有償SO・業績連動型の設計 |
表の読み方として 2 点補足する。第一に、どの段階でも出発点は税制適格であり、有償 SO は「税制適格で設計し切れない部分」を埋める道具として位置付けるのが改正後の基本線である。第二に、信託型はこの表に第一候補として登場しない。既存の信託型を抱える会社が過渡的に運用を続ける場面を除けば、新規の設計候補から外して差し支えない。
設計に入る前のCFO確認項目
類型選択の前提を固めるため、CFO が確認しておくべき項目を挙げる。
- 付与予定者ごとの適格性判定:役職員か、社外高度人材要件に該当するか、付与時点で判定したか
- 実質限度額の確認:設立年数と上場状態の組み合わせで、自社の実質枠(1,200 / 2,400 / 3,600 万円)を特定したか
- 行使価額の算定根拠:直近ラウンドの優先株価格と普通株評価の関係を、算定書として残しているか
- 有償SO併用時の費用計上:実務対応報告第 36 号ベースの株式報酬費用を、上場準備期の利益計画に織り込んだか
- 既存信託型SOの後始末:源泉徴収オペレーションの整備状況と、税制適格への置き換え要否を検討したか
- 希薄化と株主間契約:新規付与が SHA 上の事前同意・通知条項に抵触しないか、潜在株式比率の上限に収まるか
制度は令和 6 年度改正・令和 7 年度改正と毎年動いており、信託型の顛末が示すとおり、設計時点の税務上の期待が数年で覆ることもある。類型の選択は一度きりの意思決定ではなく、税制改正のたびに台帳を棚卸しして設計を更新する継続プロセスとして扱うのが、資本政策(Capital Strategy)上の実務的な答えになる。
Abundia Advisory は、資金調達フェーズの資本政策設計と CFO 機能の伴走支援を軸に、SO 類型の選択・付与枠の設計・株価算定根拠の整備を含むインセンティブ制度の全体整合性を経営側視点から検証する役割を担う。