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公示地価の「平均」は何を測っているのか — 時空間統計で読む首都圏の地価と、評価・担保・M&Aへの含意

What the Average Official Land Price Really Measures: Spatio-Temporal Statistics on Tokyo-Area Land Prices and Their Implications for Valuation, Collateral and M&A

公開 2026.10.08 読了目安 約11分

この記事の要点

国土交通省の地価公示データ(首都圏4都県・住宅地)に当社で10の空間・時空間モデルを当てはめると、単純平均の地価指数は約11%上方に偏り、公示地価の年々の振れは取引ベース指数の約3分の1に均されていた。SAR・SEM・GWR・クリギング・SPDE-INLA・ST-CAR・GAMが何を捉えるか、空間ブロック交差検証でどう選ぶかを示し、不動産評価・担保評価・立地選定・資産保有型企業のM&Aでの使い方を挙げる。

目次(7項目)

公示地価は、日本の土地の値段を語るときに最初に参照される数字である。国土交通省の土地鑑定委員会が地価公示法に基づき、毎年1月1日時点の標準地の正常な価格を3月に公示する。一般の土地取引の指標、不動産鑑定の規準、公共事業用地の取得価格算定の規準、相続評価や固定資産税評価の基準と、役割は広い(国土交通省「地価公示」)。不動産の評価書にも、事業計画の前提にも、金融機関の担保評価にも入り込んでいる。

ところが、この数字を「平均して」「時系列で」使った途端に、測っているものが変わる。当社は国土交通省が公開する国土数値情報の地価公示データ(L01 地価公示)から首都圏4都県(埼玉・千葉・東京・神奈川)の住宅地を取り出し、2025年断面の4,923地点と、2005〜2025年のパネル84,565地点年に、空間計量経済学・空間統計学・セミパラメトリック手法の10のモデルを当てはめた。結論を先に言えば、単純平均で作った地価指数は約11%上方に偏り、公示地価の年々の振れは実際の取引から作った指数の約3分の1しかない。どちらも、土地を含む資産の評価とリスク計測にそのまま響く。

公示地価は取引価格ではなく鑑定評価額

出発点は制度である。地価公示法第2条は、土地鑑定委員会が標準地について毎年1回、二人以上の不動産鑑定士の鑑定評価を求め、その結果を審査・調整して正常な価格を判定し公示すると定める(地価公示法)。同法第8条は、不動産鑑定士が公示区域内の土地の正常な価格を求めるときは公示価格を規準としなければならないとする。これとは別に、都道府県知事が国土利用計画法施行令第9条に基づき毎年7月1日時点の価格を判定する都道府県地価調査があり、地価公示と一部の地点を共通にして半年ごとの地価動向を示す仕組みになっている(不動産情報ライブラリ、データは国土数値情報のL02 都道府県地価調査)。

つまり公示地価は、売買で成立した値段の記録ではなく、専門家が付けた評価額である。この性質が、以下に見る二つの歪みの源になる。なお当社分析は2025年(令和7年)公示までのデータによる。

単純平均は約11%高く出る:標本の入れ替わり

地価の推移は「その年の全地点の平均」で語られることが多い。だが標準地の顔ぶれは毎年同じではない。当社のパネルでは、2005年時点から存在した地点は3,153で、残りは後から追加された(2016年だけで636地点)。追加された地点は系統的に高い。2005年以前からある地点の2025年価格の中央値が170,000円/m²であるのに対し、2011〜2015年に追加された地点は248,000円/m²である。

平均は「その年に標本にいる地点」の平均だから、個々の土地が値上がりしなくても、高い地点が入ってくるだけで押し上がる。株価指数でいう生存者バイアスと同じ構造である。指数の作り方を3通り並べると差がはっきりする(2005年を0とした対数指数の2025年値)。

指数の作り方2025年の値(対数)2005→2025年の上昇率
単純平均(その年の全地点を平均)0.1804約19.8%
地点固定効果(地点ごとの水準差を除いてから平均)0.0743約7.7%
共通地点連鎖指数(前年と当年の両方にある地点だけで変化率をつなぐ)0.0881約9.2%

単純平均と地点固定効果の差は対数で0.106、倍率で約1.11倍、つまり約11%の上方バイアスである。回帰をまったく使わない共通地点連鎖指数も同じ向きに同じ程度の補正を示し、固定効果との差は約1.4%と、バイアスの約8分の1にとどまる。計算経路の違う二つの方法がそろって単純平均だけを外れ値と判定しているので、この結論は特定の手法の産物ではない。

評価書や事業計画に「この地域の地価は20年で約2割上がった」と書く前に、それが同じ土地の値上がりなのか、高い土地が標本に入ってきた結果なのかを確かめる必要がある。

変動は約3分の1に均される:鑑定平滑化

二つめの歪みは時間の方向にある。鑑定は前年の評価を手がかりに更新されるため、評価額の系列は実勢より滑らかになる。不動産金融で鑑定平滑化(appraisal smoothing)と呼ばれる現象である。

当社の品質調整済み公示地価指数を、国土交通省の不動産価格指数(年間約30万件の取引価格情報から作る取引ベースの指数)の住宅地・南関東圏系列と比べた。南関東圏は埼玉・千葉・東京・神奈川で、対象地域が一致する。共通期間は2009〜2025年である。

2009〜2025年年次変化率の標準偏差1次自己相関
公示地価(評価ベース)2.09%+0.825
不動産価格指数(取引ベース)6.36%−0.277

公示地価の振れは取引ベースの約3分の1で、しかも前年の動きを強く引き継ぐ。取引ベースはむしろ揺り戻す。水準も遅れる。同じ期間の累積上昇は、評価ベースが+5.2%、取引ベースが+35.3%だった。

平滑化を戻す標準的な補正(1次の逆平滑化)は、直感的には次の一行で書ける。

真の変化率 =(今年の観測変化率 − a × 前年の観測変化率)÷(1 − a)

a は前年の評価に引きずられる強さで、ここでは自己相関の0.825を当てる。補正後の標準偏差は2.09%から5.40%へ158%増え、取引ベースとの差は4.27ポイントから0.96ポイントに縮んだ。

平滑化が生じる仕組みそのものも観測できた。地価公示(国・1月1日)と都道府県地価調査(県・7月1日)の両方の対象になっている首都圏の314地点では、実施主体も鑑定士も基準日も違うのに、5,034地点年のうち21.8%で、半年後の県の評価額が国の評価額と1円単位まで一致した。一致率は市況が止まった年ほど高く(2012年は49.6%)、急落した年には生じていない(2009年は0.0%)。動かす理由が見当たらないとき、鑑定は前回の数字を据え置く。慣性は土地の性質ではなく、評価手続きの性質である。

空間モデルは何を捉えるか

場所の情報を扱うモデルは多いが、違いは「空間の構造を式のどこに置くか」に集約できる。たとえば空間ラグモデル(SAR)は、自地点の価格 = ρ ×(近隣の平均価格)+ 属性の効果 + 誤差、と書き、ρ が隣から自地点への波及の強さを表す。

モデル空間の置き場所直感的な意味向いている問い
SAR(空間ラグ)近隣の価格隣の評価・成約事例が自地点の価格に波及する波及効果の大きさ
SEM(空間誤差)誤差近所が共有する観測できない要因(街区の質など)属性の効果を偏りなく測る
SDM(空間ダービン)近隣の価格と近隣の属性隣の容積率や道路条件も効く説明と波及の両方
GWR(地理的加重回帰)係数駅距離の効き方が都心と郊外で違う部分市場の違い
クリギング/SPDE-INLA距離の関数としての誤差近い地点ほど似る度合いを曲線で表す観測のない地点の内挿
CAR/ST-CAR市区町村のランダム効果隣接自治体から情報を借りて平滑化する行政単位の地図と推移
GAM(一般化加法モデル)非線形の曲線・曲面効き方の形を直線に決め打ちしない距離効果の形

当社分析で目立った点を挙げる。第一に、空間構造を入れない通常の回帰(OLS)は、建蔽率に係数−0.02076、t値−14.6という強い「有意性」を与えるが、空間誤差モデル(SEM)では−0.00026とほぼゼロになる。SARでも係数は約9分の1に縮む。場所に紐づく見えない要因を規制の効果と取り違える空間交絡であり、「この規制が地価を下げる」といった読み方は空間モデルを通すまで保留すべきである。第二に、回帰の残差のうち場所と無関係な純粋なノイズ(ナゲット比)は23%で、77%は場所の関数として構造化されていた。第三に、GWRは当てはまりこそ良いが、局所条件数の中央値が150で、評価したすべての地点で30を超えた。係数の地図が不安定なため、当社は予測には使わないと判断した。第四に、GAMでは駅距離と都心距離の効き方が強く曲がっており(有効自由度11.2と10.7)、1本の係数への要約は乱暴である。

時空間でも同じことが言える。地図の凹凸が毎年同じで水準だけが一律に動くという「分離可能」な構造は当てはまらず、推定上は時間1年の隔たりが空間2.12 kmの隔たりに相当した。属性を固定した2015〜2025年の変化は都心部で+40%を超え、外縁部では負である。一方、232の市区町村に集計したST-CARでは空間依存がρ=0.989と強い反面、時空の交互作用項を足しても予測規準(WAIC)は1.3しか動かない。自治体単位に集計した時点で、それより細かい地域差が相殺されて消えるためである。どの単位で問うかが答えを決める。

検証の設計で評価が変わる:空間ブロック交差検証

モデルの良さを、推定に使ったデータへの当てはまりで測ると、柔軟なモデルほど有利になる。そこで当社は、5 km角のブロック単位でデータを10分割し、ブロックごと抜いて予測させる空間ブロック交差検証を用いた。観測のない地域を予測するという実務の状況に近い。

モデル誤差(RMSE・対数)平均絶対誤差率90%区間の実際の被覆率ランダム分割での楽観度
SPDE-INLA0.223217.6%87.7%22.7%
GAM+座標の平滑面0.236019.0%84.5%15.4%
回帰クリギング0.280323.0%87.9%14.7%
OLS(空間構造なし)0.419839.2%89.6%1.1%

空間構造を入れると誤差はほぼ半分になる(平均絶対誤差率で39.2%から17.6%)。ただし正確なモデルほど自らを過信する。名目90%の予測区間が実際に当たったのは、最も正確な部類のGAMで84.5%、最も不正確なOLSで89.6%だった。

分割をランダムにすると、テスト地点のすぐ隣が学習側に残り、空間モデルは近所の値を写すだけで得点できてしまう。見かけの誤差の縮み(楽観度)は空間モデルの平均で17.6%、非空間モデルでは1〜3%程度だった。ランダム分割の交差検証は、空間モデルだけに下駄を履かせる。

情報量規準(AIC)の位置づけも整理できた。AICと空間ブロック交差検証の両方を計算できる4モデルでは、順位は完全に一致した(Kendallの順位相関1.00)。他方、係数を解釈してよい度合い(残差の独立性)とは一致しない。AIC第1位のGAM+座標の平滑面は残差の独立性で第6位、そこで第1位のSEMはAICで第4位である。当てはまりの良さと、係数の読める度合いは別の性質である。

結果として、最良のモデルは目的で変わる。係数を効果として説明するならSEMかSDM、観測のない地点を埋める内挿なら精度重視でSPDE-INLA、区間の正直さと速さを重視するなら回帰クリギング(10分割の合計で218秒に対し22秒)、翌年を当てる予測なら時空交互作用を持つモデルに逆平滑化を組み合わせる。

評価・担保・立地・M&Aでどう使うか

不動産と事業の評価では、公示地価の単純平均の推移を地価上昇率の前提に置かない。同一地点ベースの指数で確かめ、DCFで土地の再評価や継続価値に地価の伸びを織り込む場合も、その伸びが標本の入れ替わりによるものでないことを確かめる。

担保評価は内挿の問題である。空間モデルで誤差は半分になるが、SPDE-INLAの誤差0.2232は倍率で約1.25倍、つまり典型的に2割強外す幅が残る。損失が下振れ側に偏る担保評価では、点の精度より予測区間の正直さが効く。掛け目や財務制限条項の水準を置くときは、区間がどれだけ実際に当たるかを空間ブロック交差検証で確かめたモデルを使う。

立地選定・エリア選定では、全域一律の変化率が使えない。同じ首都圏でも、属性を固定した10年の変化が都心部で+40%を超え、外縁部では負である。時空の交互作用を落としたモデルは、外縁の下落を平均に埋没させる。

保有不動産のモニタリングとリスク計測では、公示地価で測るとボラティリティを約3分の1に見誤る。VaRも、他資産との相関も、リスク調整後リターンも歪む。逆平滑化を施すか、取引ベースの指標と突き合わせてから使う。

ホテル、物流、小売、製造など土地を多く持つ企業のM&Aでは、土地の時価が企業価値評価の論点になりやすい。鑑定評価は公示価格を規準とするため、評価の慣性が鑑定書にも持ち込まれうる。2009〜2025年には評価ベースの累積上昇が+5.2%、取引ベースが+35.3%と開いた。上昇局面では評価額が実勢に追いつかない可能性を念頭に、デューデリジェンスで地点ごとの評価根拠と市況局面を確かめ、価格交渉の材料にする。

同じ考え方は土地に限らない。場所と時間で値が動くデータであれば、状態空間モデルや時空間モデルの枠組みは地域別の需要予測などにも応用できる。

モデルの前に、判断を決める

時空間統計の価値は、モデルの名前の多さではなく、どの判断にどの検証で耐えた数字を使うかを決めることにある。説明か、内挿か、予測か。目的が決まれば、使うべきモデルも検証の物差しも決まり、その誤差がどれだけの金額に響くかも測れる。Abundia Advisory は、こうした統計モデルの構築と検証を、評価・担保・投資判断の数字に落とし込むところまで支援している(時空間データ分析)。